埼玉県川越市の東邦音楽大学での講習会。
音楽療法の現状、周辺知識、学術研究報告などを聴講し「音楽療法が目指すところ」について理解を深め、気づきを得ました。
- 柳原メモ 音楽療法の主役(主体者)は、やはり対象者である -
1.音楽療法の立場と役割
音楽療法を行う者は、対象者の状態に合うように、音やリズム、歌、楽器などを選択する。
対象者にはそれぞれ自由に音楽を感じてもらう、次に「今感じていることを表現しやすい方法」を探し、体操、ダンスなど動作が可能である場合は対象者と目線と心を合わせ、一緒に行っていく。
(1)人々の「生きる力」を手伝う。
対象者が心身に病気を患っている場合には、音楽を聴いて発生した『自分の中の心の動き』を何かの形で『自ら表現する』ことにより、ストレスホルモンが低下する等、心身のバランスが良くなり、その機能が改善、回復、または痛み等が緩和していく。
発達障害等であらゆる活動をしにくい人にとっては、音楽が集中力や運動機能を高めるきっかけとなり、音やリズムを介して療法士と、または集団の中で複数の人とコミュニケーションをとることで、社会性を芽生えさせる方法ともなり得る。
高齢の人は、音楽に親しむことは認知症予防の一助にもなる。
病気や障害のない人にとっても、音楽に触れることは、心や身体、脳が癒しや刺激を受けることになり、人体の活性化、健康維持の役に立つ。
どんな人にとっても「社会の中で」「人と交流して」「生きる力」は、人生を豊かなものにしてくれる。
(2)「人生を閉じようとしている人」には「理想的なゴ-ル」へ向かえるように寄り添う。
①穏やかな時間を紡ぐ
近年、日本国内でも緩和ケア病棟で音楽療法を定期的に行う病院が増えている。
音楽、特に「懐かしのメロディ」は、歌詞をひとつ口ずさんだだけで、誰でも一瞬にして「大切な思い出の時代、或いはふるさと」に戻ることが出来、そこで心が解放される。
長い闘病生活の中で、一時でも心をとかすことで痛みを忘れられたら、それがこの病棟にいる患者さんにとっては、今の一番の幸せなのかもしれない。
カナダの音楽療法士デボラ・サーモンが「歌の翼に 緩和ケアの音楽療法(DVD)」には、
末期の肝臓がん患者リーズさんとの「ソングライティングセッション」の様子が収録されて
いる。
病状はかなり悪く、ベッドから起き上がることもできない状態。
その病室に、いつものように音楽療法士がギターを持ってやってくる。
リーズさんがギターに合わせて歌うと、音楽療法士はゆっくりと会話をしながら、懐かしい
その歌にまつわる思いや、今リーズさんが見てみたい景色などを聴き出す。
そしてそれを歌詞にして二人で即興、作詞、作曲をするのだ。
病で身体は動かなくても、心は自由にどこへでも行ける。
時間も自由に超えられる。自分が過ごしてきたどの時代にも心を馳せて楽しむことができる。
「晴れた空を仰いで木に登り、鳥の声を聴く。風はとてもさわやかで・・。」といったふうに語り歌うリーズさんの表情は、なにか明るい感じがして、しっかりと空を見つめているようだった。それから数日後、リーズさんは静かに永い眠りについたという。穏やかに人生を閉じたのだ。講義中に写されたDVDの歌声に私も心を動かされ、このひととき、リーズさんと思いを一つにした。
② これまでの人生に納得する。
病状が深刻化し体力が衰えると、人はとても弱気になる。
中には「自分は長い人生の中で、何も成しえなかった、無力な人間だ。」と、生まれてきたこと、生きてきたことが無意味だったと訴える人もある。
このような場合にも、歌、音楽が、力を発揮することがある。
自分が健康で若かった頃の音楽が、一生懸命仕事をした毎日、家族と過ごした日々、楽しかった学生時代、子供の頃・・これらを思い出すきっかけになる。
身体が動かない重症な状態にある人は、意識や自覚、記憶も曖昧になってくる。
その時、音楽の「回想効果」は「過去と今がつながる。自分の軌跡を確認できる、限られた手段の一つ」となる。
そして、自分が確かに生きたこと、そこで感じてきた幸福な気持ちを思い出せば、その人は自分の人生に納得する。この充実感があれば、穏やかな気持ちで終期を迎えることが出来る。
2.学術研究の進捗
音楽療法を受けた患者さんの多くは、何らかの刺激を受け、顔に赤みがさし、笑顔になる、或いは涙を流す。この時、筋肉の緊張も緩み、体内のストレスホルモンの数値は下がり、そのことは病気の症状や痛みの改善、軽減につながっていく。
2018年1月NHKで放送された「北海道消化器科病院」中山ヒサ子氏の音楽療法士としての活動と、札幌大谷大学、聖路加看護大学、札幌医科大学の共同研究が紹介された。
世界中で、研究者達が音楽療法の臨床的、実証的、基礎的領域における研究議論を重ねている。音楽療法については、対象者の状況も、施された音楽療法の内容、時期、時間、なども様々で、研究はなかなか骨の折れるものらしい。
量的エビデンス(客観的世界観・治験結果をデータによる裏付けから表現する)と、
質的エビデンス(主観的世界観・治験結果を研究分野に通じる言語、言葉で表現する)と。
研究方法自体も2つの観点からの議論があるという。
英国など、北欧では音楽療法のための費用に健康保険が適用されている国がある。
日本でも、将来的に医療現場での音楽療法のニーズは高まると思われる。
対象者のケースごとに有効であるとする標準的アプローチ法の策定、手順書への落とし込みが期待されている。音楽療法士や医療現場が的確に対応するためのガイドラインを作り、それを実施し、音楽療法の効果を明らかにしていく。その先に、健康保険を適用があるのかもしれない。